1997年2月3日月曜日

円安で一息ついた国内景気

もうずいぶん昔のことだが、あるイギリス人から、国際経済を司る「神様」の話を聞いたことがある。
貿易ビジネスに勝敗はつきものだが、特定の国がいつも勝ってばかりいたり、また逆に負けてばかりいると、ゲームは続けられない。神様はいつも上でみていて、調子に乗って勝ち続けるものがおれば、出てきてお懲らしめになるし、負けが込んでいて苦しんでいるものがいると、来て助けてくださる。だから新興工業国の台頭があっても国際社会の序列は簡単には変わらない。その神様こそが為替レートなのだという話であった。

単純すぎる話かもしれない。しかし裏には何世紀にわたって新興工業国の挑戦を退け続けてきたアングロ・サクソンの歴史の重みがあり、なかなか説得力があった。為替はなぜ変動するか、いろいろ屁理屈を付けて説明できないこともないが、この話が今のところ一番私の趣味に合致している。
最近の急速な円安の進行で、日本国内に不安感と悲観論が広がっている。でもこれは過去の行きすぎた円高を是正しようとする「為替の神様」の意思と考え、もっと素直に喜んでよいのではないか。現に着々と円安の好影響が出てきている。

まず貿易動向であるが、輸入数量は横ばいが続くなかで、輸出数量は96年初から約10%の伸びを示している。その結果、貿易黒字は96年の第2四半期を底として2四半期連続の増加となった。

背景に円安があることは勿論である。為替の変動がどれくらいのタイムラグをおいて貿易に影響を与えるのか、過去の例を見ると約1年半から2年かかっている。今回の円安は95年の第2四半期からで、まだ一年しか経っていない。本格的な黒字拡大はむしろこれからと考えるべきであろう。失速寸前の国内景気にとってまさに恵みの雨となる。(またぞろ貿易黒字が膨れ上がると通商摩擦を心配する向きもあるが、いまの日本にとって最も大切な国際的責務は、自国のリセッションを回避することである)

さらに対外直接投資の対内直接投資(国内設備投資)への振り替えがある。日本産業の海外移転は構造的な基調であり少々為替が円安に戻ったとしても簡単には変わらない。現に96年の対外直接投資はまだ増加基調が続いており、円安が対外直接投資を減少させるまでには至っていない。しかし前回89年の円安進行期には約2年後の91年に海外直接投資の減少が観察された。タイムラグは2年とすると、今回は年央あたりから日本の海外直接投資は減少に転ずることになる。そのうち相当分は国内の設備投資にまわると考えられ景気にはプラスの効果がある。

円安の景気浮揚効果は定量的にどのくらいかだが、120円/ドルが続くとしてモデルで計算をすると、当部の年末の97年度の予測成長率1・5%(前提レート107円)は、2・2%に上方修正されることになる。これはもう立派な巡航速度といってもよい。

経済モデルは万能ではない。しかし実体経済はだいたい理屈通りに動くものだ。行きすぎは必ず「為替の神様」が是正してくれるのである。

橋本尚幸